小山 守氏によるアルバム解説:
テン年代に入って、国内の男性シンガーソングライター系が活気を見せているが、また一人新たな才能が登場した。ハイトーンでふくらみのある倍音ヴォイスと、ファンタジックな幻想性に富んだ音作りを持ち味とする、宅録系シンガーソングライターの土井玄臣だ。今のシーン全体としても、突出してユニークで強烈な個性をもった人といえる。
大阪出身の土井は、打ち込みにギターやピアノなどの生楽器を加えた宅録スタイルで音楽制作を行っている。曲作りから演奏、録音、ミックスまですべて自身で手がけており、それについて彼は「制作途中で、誰かと自分の作品について真面目に話したりしなきゃいけないのが恥ずかしいんだと思います。ここまできたら、もう全部自分でやりたいっていう意地もどっかにあります」(土井、以下の発言も同じ)と語っている。これまで自主制作の形で2枚のアルバムを出しているが、今回の『The Illuminated Nightingale』が初の全国流通盤であり、実質的なファースト・アルバムといっていい。
本作のサウンドは、宅録ともエレクトロニカともベッドルーム系とも少しずつ異なり、カテゴライズしづらい。宅録とはいえ生楽器を多用してフィジカルな音を構築しているし、スウィングする4ビートや厳かなワルツの曲、電子音主体のスペイシーな曲、さらには弾き語りもあって幅広い。それ以上に彼の魅力といえるのがヴォーカルで、倍音を多く含み、シャンソンやオペラを思わせる立体的な歌声は、それだけで十分すぎる吸引力がある。そして歌詞は、夢の中で起きる架空の国の出来事を描いたような、寓話性の高いものだ。それらすべてが相まって、彼の脳内妄想を具現化したような箱庭的世界を作り上げている。彼は本作で「マジックリアリズムを意識的にやろうとした」という。
「歌詞はなにかキャラクターを仕立てて、憑依とでもいうのでしょうか、それを動かして考えていきます。1人称でも視点は神の目線・立ち位置です。ファンタジー(あるいは夢)は浮力だと思います。現実は引力で、自分としては浮かせてあげたい。そうすればその場だけは登場人物は救われる、痛みから解放されるような気がするから」
現実と非現実、あるいは夢と現の境目が曖昧で、音楽が鳴っている間だけは現実から逃れて救われる気持ちになる。そうした概念は、彼の音楽の根底にある。それは彼自身が救われたいという願望の表れでありつつ、聞き手にとっても救済の音楽であると思う。本作全体に漂う、厳かでやわらかくてやさしくて、聞き手を包み込むような手触りは、賛美歌を連想させたりする。だからこれはネット世代のための賛美歌、ともいえるのではないだろうか。
彼は「死ぬまで口ずさんでいける1曲を作りたい。この曲さえあれば安堵して、あとの音楽はなにも要らないと思える曲です」とも言っている。そんな曲をいつか聴いてみたい、そう本気で夢想してしまうポテンシャルが彼にはあるのだ。今出てくるべくして出てきたアーティストだと、ぼくは思っている。
小山 守 |