金子厚武氏によるアルバム解説:
大友克洋の『AKIRA』が2020年の東京オリンピック開催を予言していた。そんな話題がネットを騒がせたのも記憶に新しいが、「気候変動の激しい世界における新たなトロピカルミュージック」と「SF化する現実のための曲集」をテーマにしたReliqの新作『Metatropics』は、今まさに『AKIRA』の世界へ向けて気温もテンションも高まりつつある東京の、日本のサウンドトラックである。
改めて紹介しておくと、Reliqとは今年の一月遂に初ライブを敢行し、凝った演出で独自のユートピアを再現した電子音楽家Serphの別名義。昨年はSerphとしての4作目『el esperanka』の他に、女性ボーカリストとのユニットN-qiaとしてもアルバム『Fringe Popcical』を発表するなど、相変わらずの多作ぶりを発揮していたが、Reliqとしては2011年の初作『Minority Report』以来、2年半ぶりの新作となる。
ファンタジーやメルヘンの要素が強いSerphに対し、写実的な要素が強いのがReliqであり、音楽的な特徴のひとつであるエキゾチシズムは、様々な人種や文化が混在する東京を表したものであると、かつて筆者の取材で本人が語ってくれている。ビートを主体としたフロア寄りの作風というのもReliqの特徴ではあるが、以前と比べればSerphとの差はそこまで大きくなく、やはり写実的というのが最大のポイントだと言えよう。
そんなReliqが本作のテーマとして掲げたのが、「新たなトロピカルミュージック」。温暖化によって亜熱帯化し、スコールが日常となった今の東京において、トロピカルミュージックは決してエスケーピズムの音楽ではなく、リアルな音楽になったというわけだ。とはいえ、ここで鳴らされているのは、近年の音楽シーンで重用されているスティールパンの導入といった、シンプルな類のものではない。一曲の中でめまぐるしい展開を見せるエクスペリメンタルな作風はもちろん健在で、これはあくまでもReliq流のトロピカルミュージックなのである。
本作のインスピレーション源として本人が挙げてくれたのは、坂本龍一、ゴールド・パンダ、レス・バクスター、ボーダー・コミュニティといった名前。クラシック/現代音楽的な側面で坂本龍一、ボーダーレスなエレクトロニック・ミュージックという側面でボーダー・コミュニティというのは納得だが、やはり注目なのはレス・バクスターだろう。マーティン・デニーと共にエキゾチカの代表的な作曲家として知られる彼の存在が、本作の大きなバックボーンとなっているのだ。また、ロンドン出身の電子音楽家であり、日本とも縁の深いゴールド・パンダは、昨年東京やブラジルといった都市をモチーフとした『Half Of Where You Live』という作品を発表していて、確かに本作と共通したムードを感じさせる。
『Metatropics』というタイトルは、「メタ・トロピカル」であり、さらに言えば、そこに「メトロポリス」の意味も加えた造語ではないかと予想できる。国内外に社会不安を抱えながらも、2020年に向けた大規模な再開発によって、刻一刻と都市の風景が変わり、SF化していく今の東京は、まさにReliqの音楽そのものだ。そして、どこか“赤とんぼ”を連想させるノスタルジックな旋律を持ったラスト・トラック“tei”からは、温暖化で失われつつある秋という季節への、日本の原風景への憧憬が感じられるのである。
金子厚武 |