金子厚武氏によるアルバム解説:
昨年一月にリキッドルームで開催されたファーストライブ『Candyman Imaginarium』をソールドアウトさせ、ひとつのフェイズを終えたSerphから、新章の幕開けとなる5枚目のフルアルバム『Hyperion Suites』が届いた。本作のテーマは「所在が誰にも知らされていない謎めいたところにある、ハイペリオンという世界で一番大きな木」をイメージした「お伽の国のソウルミュージック」とのこと。どこか昨年紅白歌合戦に初出場を果たし、今若者から絶大な人気を集める某バンドの最新作ともリンクするテーマだが、Serphはデビュー当初からファンタジックなユートピアを描き続けてきたわけで、「エスケーピズム」という点に関して言えば、両者の世界観は実際そこまで遠くはないのかもしれない……。
もちろん、楽曲そのものは今回もSerphのオリジナリティ溢れるもの。本作のテーマの背景には「木で出来た楽器による組曲を作りたい」という狙いがあったようで、ピアノはもちろん、シロフォン、フルート、クラリネットなどが、要所で効果的に用いられている。また、これまでになくボーカルサンプリングが多用されているのも特徴で、Prefuse73のごとくチョップされたボーカルが、アルバムのソウルフルなイメージを盛り上げている。雅楽を連想させる、スピリチュアルな“soul for toys”の後半から、ドラマチックなタイトルトラック“hyperion”への流れは何度聴いても胸に迫るものがあり、ほぼボーカル曲と言ってもよさそうなラストの“never end”も、エモーショナルな余韻を残している。
また、本作はファーストアルバム『accidental tourist』に収録され、60〜70年代のジャズをテーマに作られた“a whim”の続編というイメージもあるそうで、スタンリー・カウエルやボブ・ジェームスといったピアニストをインスピレーション源として挙げている。『Hyperion Suites』というタイトルは、スタンリー・カウエルが72年にECMから発表した傑作『Illusion Suite』が元になっているのかもしれない。また、昨年は「ロバート・グラスパー以降」の潮流が注目を浴び、一方ではFlying Lotusが強力にサイケデリックなアルバムを発表するなど、現代ジャズシーンが盛り上がりを見せたが、本作はそこに対するSerphなりの返答という言い方もできるだろう。J.DillaやMadlibにも通じるビートの面白さが際立った作品になっているのも、こうした背景と無関係ではないはずだ。
全14曲70分超というボリュームは過去最長。ここに来てこういった作品が生まれたのは、新たな始まりに対するモチベーションの高さを表すと同時に、インターネットで音楽がインスタントに消費される現状に対するアンチテーゼでもあるように思う。時間の流れの中で巧みに展開を作り、美しいメロディーと音色によって様々な情景を浮かび上がらせる楽曲たちは、どれもSerphの音楽家としての意地を感じさせるものだ。尽きることのない音楽への情熱に突き動かされ続けるSerphの世界は、まだまだ広がり続けるに違いない。
金子厚武 |